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優雅な生活が最高の復讐である:『グランド・ブタペスト・ホテル』【ネタバレ】

映画

 ウェス・アンダーソン監督の、シュテファン・ツヴァイクの著作を元にした新作です。とある国で少女が紐解くのは小説『グランド・ブタペスト・ホテル』。それは作者が、過去に栄華を誇ったホテル、グランド・ブタペスト・ホテルに泊まった際に聞いた話をまとめたものでした。作者はホテルのオーナーであるゼロ・ムスタファから、オーナーになった経緯、師匠である伝説のコンシェルジュのグスタヴのこと、そして彼らが巻き込まれた殺人事件の顛末を知ることになります。

 アンダーソン印の完璧に構築されたショットは今回も健在で、というか今回はそれが余りにパラノイアックに徹底されてたので監督の精神状態を心配してしまったのですが、これはセルフパロディかもしれないと考え直しました。

 というのも、レイフ・ファインズが演じるグスタヴ(流石の存在感!)はお客の依頼を断らない性格か快楽主義者なのか、老婦人たちとベッドを共にするのですが、その際に相手をするのは「金持ち、金髪、軽薄」な女性たちだと彼は明言します。(ちなみに、過去にレイフ・ファインズもかなり年上の女性と付き合ってまして、それもセルフパロディのような…)

 ただし彼もまた、弟子ゼロによってしっかり「軽薄」だと評価されます。美しくも軽薄で作り物めいた世界とそれを生きるグスタヴは、美しくフィクション性を強調しながら時に表面的すぎると非難されるウェス・アンダーソンの作品世界に自己言及しているかのようです。

 しかし、完璧に作られた自分の世界の中だけを回っているとも言われる作品群の中で、今作はリアルと社会が凝縮された象徴である「戦争」の影が色濃く出ます。新機軸と言えますが、ここにおいてアンダーソン印の徹底された構築性とフィクション性(ホテルやお屋敷のうっとりするデザインもさることながら、脱獄に秘密結社や修道院といった伝奇的モチーフがてんこ盛りで楽しい限りです)は別の意味を持ちます。

 つまり、自分のスタイルを繰り返しているように見えるこれらの要素が、戦争への強固な抵抗となるのです。全てを破壊し暗い影を落とす戦争に対し、明るく豪奢で色彩豊かな世界は、戦争が奪う最たるものであり、それを完璧に再現する行為は戦争に強く反対する行為になり得るからです。

 少し鼻持ちならなくても魅力的で、優雅な世界を体現するグスタヴもまた、「文明の一筋の光」を求めながらも、移民であるゼロを守るため最後に軍人によって射殺されます。ゼロは彼こそ「文明の一筋の光」であると語り、失われた過去の象徴であることを強調します。ゼロの妻子もプロイセン風邪で死去するのですが、これも戦争によってもたらされたと推察できるでしょう。

 戦争は全てを奪いますが、ゼロは語ることによって、作家はそれを本にすることでグスタヴと彼が生きた世界を再現し残すことができます。シェイクスピアではありませんが、フィクションであれ形にすることでいつまでも残すことができるのです。

 本作は現代、80年代、60年代、30年代と入れ子構造になっていますが、徒に語りを複雑化しているのではなく、時を超えて物語を作る人とそれを読む人の存在を見せることが何よりも重要なのだと思います。なぜなら、その行為は本作品を見る私達に繋がることができるからです。ノスタルジーをノスタルジーに終わらせないためには、記憶を語り継ぐ受け手の存在が不可欠です。だから冒頭と最後に現代の読者のシーンが挿入されるのです。

 アンダーソンもツヴァイクの作品という過去の作品にインスピレーションを得てこの映画を作りました。映画の製作過程と、その結果としてできた作品それ自体の存在が、本作で語られることを既に指し示しているのではないでしょうか。